単一細胞トランスクリプトーム分析からの洞察に基づくCCR5過剰発現間葉系幹細胞は実験的自己免疫性ぶどう膜炎を保護する

CCR5過剰発現間葉系幹細胞による実験的自己免疫性ぶどう膜炎に対する保護作用

背景紹介

ぶどう膜炎は視力を深刻に脅かす眼の炎症性疾患で、白内障、緑内障、硝子体混濁、網膜剥離、網膜血管異常などの後遺症を引き起こす可能性があります。この疾患は世界中に広く存在し、その一形態である自己免疫性ぶどう膜炎(Autoimmune Uveitis、略してAU)は、産業国で視力障害の第4位の原因となっています。この疾患には様々な病理メカニズムが関与し、疾患ごとに多様な特徴を示します。

ぶどう膜炎の発症機序をさらに理解するために、研究者たちは長年にわたって実験的自己免疫性ぶどう膜炎 (Experimental Autoimmune Uveitis、略してEAU)の動物モデルを用いてこの疾患を研究してきました。1988年以降、研究者たちはヒトの視細胞タンパク質の一つである視芽間レチノイド結合タンパク質(Interphotoreceptor Retinoid-Binding Protein, IRBP)を用いてEAUを誘導し、このモデルは人のぶどう膜炎と多くの病理的類似性があり、遺伝的影響の解明、発症機序の解明、潜在的治療法の検討に広く用いられています。しかし、EAUやその他の動物モデルでも、人のぶどう膜炎のすべての特徴を完全に再現することはできません。

研究の出所

この研究論文は「Journal of Neuroinflammation」誌に掲載された”CCR5-overexpressing mesenchymal stem cells protect against experimental autoimmune uveitis: insights from single-cell transcriptome analysis”と題し、2024年にYuanらによって執筆されました。著者らは中山大学中山眼科センターと中山医学院に所属しています。

研究内容

研究の流れ

本研究では、単一細胞RNA測序(scRNA-seq)と全体RNA測序(RNA-seq)の技術を駆使し、さまざまな分子生物学的・細胞生物学的手法を組み合わせて、マウスの典型的なEAUモデルについて詳細に解析しました。研究の流れは以下の通りです。

  1. EAUマウスモデルの確立:

    • ヒトIRBPペプチド651-670でC57BL/6マウスを免疫し、15日間の免疫抑制期を経てぶどう膜炎の誘導を確実にしました。
    • 眼底撮影、蛍光眼底血管造影(FFA)、光学的coherence断層撮影(OCT)を用いてマウスの病状を評価しました。
  2. 単一細胞転写解析:

    • 疾患誘導14日後に網膜組織を採取し、単一細胞RNA測序(scRNA-seq)を行いました。10x Genomicsプラットフォームを用いて、20448個の単一細胞の転写プロファイルを取得しました。
    • 異なる細胞種をクラスター解析し、ミクログリア、単球/マクロファージ、T/NK細胞、網膜神経細胞、血管内皮細胞などの主要な細胞集団を同定しました。
  3. 全体転写解析:

    • RNA-seqを用いて網膜の全体的な遺伝子発現解析を行いました。Gene Ontology(GO)解析とGene Set Enrichment Analysis(GSEA)を用いて、発現変動遺伝子を評価しました。
  4. ミューラー細胞の役割解析:

    • EAU過程においてミューラー細胞が抗原提示細胞(APC)として機能する可能性が示唆されました。
    • ミューラー細胞をさらにクラスター解析し、サブグループごとの遺伝子発現プロファイルを明らかにしました。
  5. 免疫細胞浸潤解析:

    • EAUマウス網膜に浸潤する免疫細胞を詳細に解析し、さまざまなT細胞亜集団の浸潤状況や細胞間シグナル伝達を解析しました。
  6. CCR5過剰発現MSCの遊走能と治療効果の評価:

    • ヒトCCR5を過剰発現する間葉系幹細胞(MSC)を作製し、in vitroおよびin vivoでCCL5に対する遊走能を評価しました。
    • EAUマウスにMSCを移植し、特にM1型ミクログリア活性化、T細胞およびマクロファージ浸潤への影響を中心に治療効果を評価しました。

研究結果

  1. 様々な免疫細胞のEAUマウス網膜への浸潤:

    • 眼底画像から、疾患の進行に伴い、マウス網膜に顕著な血管漏出、網膜構造の乱れ、CD45陽性白血球およびCD11b陽性骨髄系細胞の大量浸潤が観察されました。
  2. 網膜神経細胞の減少:

    • 単一細胞転写解析により、双極細胞、錐体細胞、水平細胞などの網膜神経細胞数が著しく減少していることが明らかになりました。
    • 全体転写解析でも、EAU網膜ではすべての神経細胞タイプのマーカー遺伝子発現が低下していました。
  3. ミューラー細胞の活性化と抗原提示機能:

    • EAU過程でミューラー細胞が主要組織適合遺伝子複合体クラスII(MHC II)遺伝子を発現し、MHC IIタンパク質を発現することが明らかになり、ミューラー細胞が非専門的な抗原提示細胞として機能する可能性が示唆されました。
  4. 網膜内のT細胞の多様性:

    • 浸潤T細胞のうち、Th1細胞が19.83%を占め、主要な亜集団でした。
  5. CCL5の顕著な発現上昇:

    • EAU網膜ではCCL5遺伝子発現が対照群の2500倍に達するほど顕著に上昇していました。
  6. CCR5過剰発現MSCの遊走能と治療効果:

    • 体外実験でCCR5過剰発現MSCはCCL5に対する顕著な遊走能を示しました。
    • 体内実験では、CCR5過剰発現MSCの移植によりEAUマウス網膜における活性化ミクログリア、浸潤T細胞およびマクロファージ数が大幅に減少しました。さらに、対照群と比較して網膜構造の損傷が軽減し、炎症スコアも低下しました。
  7. NLRP3インフラマソーム関連遺伝子の発現低下:

    • MSC治療群の網膜ではNLRP3およびIL-1βの発現が有意に低下していました。

研究の結論

本研究では、EAUによる網膜細胞の広範な破壊が明らかになり、ミューラー細胞のEAUにおける潜在的な抗原提示機能が示唆されました。また、Th1細胞が主要な浸潤細胞型であることが発見されました。網膜におけるCCL5の顕著な発現上昇に基づき、CCR5過剰発現MSCを移植することでMSCの遊走能と治療効果が大幅に向上することが実証されました。この研究成果は、EAUに対するMSC治療の新たな方向性を提示し、臨床応用への可能性を秘めています。

研究の特色

  • 革新的な単一細胞転写解析技術の活用: 典型的なIRBP誘導EAUモデルに初めてscRNA-seqを適用し、網羅的な解析を行いました。
  • CCR5過剰発現MSCの実験的検証: CCR5過剰発現がMSCの網膜への遊走能と治療効果を顕著に高めることを示し、自己免疫疾患治療におけるMSCの新たな応用可能性を示唆しました。
  • 網膜内の免疫環境の深堀り: 網膜細胞種と浸潤免疫細胞の複雑な変化を明らかにし、EAUの発症機序理解に重要なデータを提供しました。

材料と方法

倫理規定を遵守した環境下でマウスを飼育し、C57BL/6マウスを用いてEAUモデルを作製しました。さまざまな画像解析手法や分子生物学的手法を用いて解析を行いました。さらに、蛋白質組データ解析やリアルタイムPCRなどの手法で、遊走能やインフラマソーム発現などの実験結果を検証しています。

討論

本研究は、単一細胞転写解析と全体転写解析の手法を用いて、EAUモデル網膜の細胞構成と遺伝子発現変動を詳細に解析しました。さらに、活性化状態のミューラー細胞の潜在的な抗原提示機能について考察し、CCR5過剰発現MSCの移植実験によりその顕著な治療効果を実証しました。

今後の研究では、MSC移植の最適化を図る必要があります。具体的には、MSCの修飾方法、移植の最適時期、移植細胞数、移植頻度などについて検討し、臨床応用に向けたさらなる根拠を蓄積する必要があります。