ヒトiPSC由来NK細胞による肝細胞癌の効果的な殺傷にTGF-βシグナル経路の破壊が必要です

背景紹介

肝細胞癌(Hepatocellular carcinoma, HCC)は最も一般的な原発性肝癌の一種であり、5年生存率は20%未満で、治療手段は非常に限られています。伝統的な標的薬物療法、例えばソラフェニブやその他のキナーゼ阻害剤はHCCの治療に使用されていますが、効果は限られており、根治に至るのは困難です。近年、免疫療法がHCC治療で注目されていますが、固形腫瘍に対する免疫療法(例えば、キメラ抗原受容体T細胞やナチュラルキラー細胞)は腫瘍微小環境の抑制要因に直面しています。HCCの微小環境では、高濃度のトランスフォーミング増殖因子-β(Transforming Growth Factor Beta, TGF-β)が免疫細胞の活性を抑制し、抗腫瘍免疫の効果を妨げることが確認されています。したがって、TGF-βのシグナルを抑制することは、免疫療法の効果を高める重要な方向性になり得ます。

この研究はJaya Lakshmi ThangarajのチームによってUniversity of California, San Diegoで行われ、2024年9月5日の《Cell Stem Cell》誌に発表されました。研究ではヒト誘導多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells, iPSCs)由来のナチュラルキラー細胞(Natural Killer cells, NK cells)を遺伝子工学的に改変し、HCCにおける高TGF-β環境下でも強力な抗腫瘍作用を発揮できるようにしました。これは将来のNK細胞療法によるHCC治療に新しい視点を提供します。

研究フロー

実験フロー概要

この研究ではiPSCsを出発細胞源として用い、まずCRISPR-Cas9遺伝子編集技術を用いてTGF-β受容体2(TGFBR2)を削除し、TGFBR2欠失(knockout, KO)とTGFBR2顕性陰性(dominant negative, DN)形式のNK細胞を生成しました。次に目標抗原のキメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor, CAR)をiPSC-NK細胞に導入し、特異的な殺傷を実現しました。CARの設計はHCCで一般的なGlypican-3(GPC3)と胎児性αフェトプロテイン(AFP)を標的とし、その特異性を高めています。研究は二つの主要な戦略で行われました:一つはTGF-βシグナルの抑制(TGFBR2-KOとTGFBR2-DN);もう一つはCAR技術を組み合わせてNK細胞の抗腫瘍効果を向上させることです。

実験フロー詳細

  1. TGFBR2ノックアウトと顕性陰性受容体の構築:CRISPR-Cas9編集により、研究チームはTGFBR2のエクソン2に対するガイドRNAを設計し、iPSCsを編集してTGFBR2-KOモノクローナルを形成しました。PiggyBacトランスポゾンシステムを利用し、顕性陰性形式のTGFBR2遺伝子(TGFBR2-DN)をiPSCsに導入し、機能的に完全なTGFBR2-DN iPSC-NK細胞を得ました。

  2. iPSC-NK細胞の分化と増幅:6日間の分化培養を経て、これらの編集後のiPSCsは早期造血前駆細胞に成功裏に分化しました。NK細胞の培養条件下でさらに5週間培養した後、細胞は典型的なNK細胞マーカー(CD45とCD56)を表現し、典型的なNK細胞の活性と表現型を示しました。これはTGFBR2編集がNK細胞の分化に影響しないことを証明しました。

  3. 機能検証と抗腫瘍活性試験:研究では高濃度のTGF-β条件下でのTGFBR2-KOとTGFBR2-DN iPSC-NK細胞の抗腫瘍活性を実験しました。結果は、これらの編集されたNK細胞が0から100 ng/mlのTGF-β濃度下で依然としてHCC細胞系(HepG2とSNU-449)を効果的に殺傷できることを示しました。対照的に、編集されていないNK細胞は高濃度のTGF-β下でその抗腫瘍効果が著しく低下しました。さらに、これらのNK細胞の脱顆粒機能(CD107a発現)およびサイトカインの分泌能力(IFN-γとTNF-α発現)をテストし、TGFBR2-KOとTGFBR2-DN iPSC-NK細胞がTGF-β存在下で高効率の抗腫瘍能力を保持していることを確認しました。

  4. CAR発現の抗腫瘍活性:抗GPC3およびAFPのCARをTGFBR2-KOと野生型(WT)iPSC-NK細胞に導入し、CAR特異的NK細胞による腫瘍細胞の殺傷活性を検証しました。CARの発現によりNK細胞の特異的殺傷能力は向上しましたが、TGF-β環境はWT iPSC-NK細胞に対する抑制作用が顕著であり、高濃度のTGF-β下で有効な抗腫瘍効果に到達できませんでした。対照的に、TGFBR2-KO CAR-NK細胞はTGF-β環境下でも高い抗腫瘍活性を保持し、TGF-βシグナルの抑制がCAR-NK細胞の抗腫瘍活性を実現する鍵であることを示しました。

  5. 遺伝子発現とトランスクリプトーム解析:RNAシーケンシング解析を通じてWT、TGFBR2-KOおよびTGFBR2-DN iPSC-NK細胞を比較し、TGFBR2編集後のNK細胞には多くの抗腫瘍関連遺伝子(例:CD226、IFNG、GZMB、CXCR4など)で重大な発現変化があることを発見しました。分析結果は、TGFBR2-KOおよびTGFBR2-DN NK細胞において、NK細胞の活性化、腫瘍浸潤、ケモカイン受容体などに関連する遺伝子の発現が顕著に向上し、強化された抗腫瘍機能の基礎を形成したことを示しています。

  6. 体内実験の検証:異種移植マウスモデルにおいてHepG2移植腫瘍に対して異なる処理を行いました。結果は、TGFBR2-KO iPSC-NK細胞が体内での腫瘍成長の抑制効果がWT iPSC-NK細胞群に比べて有意に高く、その抗腫瘍効果はCARの発現に依存しないことを示しました。さらに、TGFBR2-KO iPSC-NK細胞はマウス体内でより優れた持続性と生存率を示し、TGF-βシグナル抑制のNK細胞療法における重要性をさらに証明しました。

研究結果

  1. TGFBR2ノックアウトまたは顕性陰性受容体のiPSC-NK細胞での応用は、TGF-β抑制を効果的に防ぎました: TGFBR2-KOとTGFBR2-DN iPSC-NK細胞はTGF-β存在下で依然として高効率の抗腫瘍活性を保ち、TGF-βシグナルの抑制が腫瘍微小環境でのNK細胞の生存と抗腫瘍活性にとって極めて重要であることを示しています。

  2. CAR表現を組み合わせたHCCの特異的標的作用: CAR-NK細胞はHCC細胞の特異的抗原GPC3とAFPを識別できますが、TGF-β環境下では抗腫瘍効果が依然として制限されます。TGFBR2-KO iPSC-NK細胞はこの条件下でも高効率の抗腫瘍活性を維持し、TGF-βシグナル抑制の重要性を確認しました。

  3. 遺伝子発現プロファイルの著しい変化が抗腫瘍活性の向上を支持: RNAシーケンスで、TGFBR2-KOとTGFBR2-DN iPSC-NK細胞で抗腫瘍およびNK細胞活性化関連遺伝子が顕著に上方調整されており、それにより強化された抗腫瘍機能の分子基礎が提供されています。

  4. 体内異種移植マウス実験で抗腫瘍効果と持続性をさらに検証: 異種移植HepG2腫瘍のマウスモデルで、TGFBR2-KO iPSC-NK細胞は腫瘍成長を著しく遅延させ、体内でのNK細胞の生存率を高め、TGFBR2-KOとDN設計のNK細胞の固形腫瘍への応用に大きな潜在性があることを示しています。

研究価値と意義

本研究はNK細胞を高TGF-β腫瘍微小環境で応用する新たな視点を提供しています。CAR技術によりNK細胞の特定腫瘍へのターゲティング能力は向上しましたが、HCCの微小環境ではTGF-βの存在が依然として有効な抗腫瘍の主要な障害となっています。遺伝子編集によってTGF-βシグナルを抑制することで、本研究はTGF-βが豊富な環境下でのNK細胞の生存と抗腫瘍効果を成功裏に強化し、将来のNK細胞療法への新しい道を開きました。

同時に、iPSCsをNK細胞の出発材料として標準化する利点がこの療法のスケールに対応するのを支持し、多重遺伝子編集を行うことができ、「既成型」細胞治療の潜在力があります。この研究はNK細胞がHCCや他の高TGF-β腫瘍での応用の基礎を築き、未来の免疫療法のさらなる発展に重要な実験的証拠を提供しました。

研究のハイライトとイノベーション

  • 高効率のTGF-β抑制: TGFBR2遺伝子ノックアウトまたは顕性陰性受容体を利用し、NK細胞がTGF-β阻害環境下で抗腫瘍活性を確保しました。
  • iPSC-NK細胞プラットフォームの標準化: iPSCsに基づくNK細胞の生成が多重遺伝子編集の便捷性と大量生産の可能性を実現しました。
  • 異種移植モデルで有効性を実証: マウス体内実験で、TGFBR2-KOおよびCAR表現のHCC抑制効果を実証しました。

本研究は、TGF-βシグナル抑制が固形腫瘍でのNK細胞療法の潜在的向上作用を提示し、将来の臨床試験に新しい遺伝子編集戦略と細胞治療の選択肢を提供しました。